大阪地方裁判所 平成7年(行ウ)22号 判決
原告
甲野花子(仮名)(X)
右訴訟代理人弁護士
林信一
同
松本史郎
同
中川晴夫
同
中嶋俊作
同
奥田純司
被告
大阪府知事(Y) 山田勇
右指定代理人
一谷好文
同
大上良一
同
亀山泉
同
小山孝雄
同
山本讓
被告補助参加人
橋内楯夫(S)
右訴訟代理人弁護士
西川雅偉
"
事実及び理由
第四 裁判所の判断
一 離作補償料の支払を条件に許可を求める訴えの適否について
農地法二〇条一項は、農地等の解約の申入れ等については都道府県知事の許可を受けなければならないとし、しかもその許可について同条二項は二項の各号にあたる場合でなければ許可してはならないと規定している。そして、同条四項は右の許可は条件をつけてすることができると規定している。これらの規定によれば、都道府県知事は、農地等の解約の申入れ等の許可の申請について、二項各号に該当すると判断した場合にはこれを許可しなければならないが、条件については、四項の規定の仕方からして、条件を付するか否か、付するとしてどのような内容をその条件に盛り込むかについては都道府県知事に裁量を認めているものということができる。そして、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進をはかるという農地法の目的に照らしても、この点についての行政庁の第一次的判断権が否定されるべき理由はない。なお、本件においては、原告が平成五年九月当時六八才であり、障害者の長男、長女を抱え、しかも本件土地の固定資産税の負担が小作料収入を上回るなどの事情があるが(〔証拠略〕)、右事情から右訴えを認めるに足るだけの事前救済の必要性が顕著であるともいえない。また、原告は、本件不許可処分の取消訴訟において、本件処分の違法事由としている離作補償の額についての判断を得ることができ、その判決の趣旨は行政事件訴訟法三三条により被告を拘束するのであるから、原告は取消訴訟において、右訴えの目的を達することができる。
そうであれば、原告に右訴えにつき訴えの利益はなく、右訴えは不適法といわざるを得ない。
二 農地法二〇条二項二号の要件の具備について 農地法二〇条二項二号は、都道府県知事が農地等の賃貸借契約の解約申入れ等について許可をしなければならない場合として、「農地等を農地等以外にすることが相当である場合」としている。ところで、農地法は耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ることを目的とするものであるから、右規定は、右農地法の趣旨に照らし、賃借人である耕作者の意思に反してでも農地賃貸借契約を解消し、農地等を農地等以外のものにすることが適当である場合ということになる。そうすると、右の場合に該当するかどうかの判断にあたっては、当該農地等や周辺土地の農地等の状況、賃貸人の当該農地を使用する必要性、当該農地等を農地等以外のものにする計画の具体性のほか、賃借人の当該農地の必要性等賃借人に与える影響を考慮せざるを得ず、そうであれば賃貸人による一定額の離作補償の支払あるいは支払の申出の有無もこの観点から当然考慮されることになる。そして、離作補償を検討するにあたっては、農地等の賃貸借終了によって被るであろう賃借人の農業経営上の損害のほか、従前の交渉の経緯や当該農地の存在する地域の耕作権に対する認識、評価特に合意解約の際におえる補償料支払の有無ないしはその額、あるいは代替地の提供の有無ないしその程度を考慮する必要がある。ところで、合意解約に伴う補償料の支払や代替地の提供は、当事者間において耕作権の存在を前提にこれを消滅させる対価としての要素が濃いものであって、またその額の決定にあたっては当事者の事情が大きく左右するものであるが、農地法二〇条二項二号において考慮される離作補償の判断にあたっても、当該農地の存在する地域における耕作権に対する認識、評価としてこれを考慮することに意味があるのであって、これを考慮することをもって違法ということはできない。
そこで本件における離作補償について検討する。補助参加人の先代橋内兵太郎は昭和一一年ころには本件土地を耕作しており、同人が死亡した昭和六三年五月三〇日以降は補助参加人が耕作していること(〔証拠略〕)、補助参加人は本件土地を耕作することにより年一二俵ないし一三俵の米を生産し、自家用として消費していること(〔証拠略〕)、補助参加人は、本件土地の小作権を相続するにあたり相続税二八四万八五〇〇円を賦課されていること(〔証拠略〕)、原告は平成三年一二月七日ころから補助参加人との間で、本件土地の返還について話合いを行い、補助参加人の有する別紙物件目録二記載の土地の耕作権と原告の有する同目録一記載の土地の所有権とを交換する案を提案したが合意に達しなかったこと(〔証拠略〕)、本件土地周辺土地の平成五年度の地価公示価格は一平方メートルあたり一八万五〇〇〇円、平成六年度のそれは一七万六〇〇〇円であり(〔証拠略〕)、同じく本件土地周辺土地の平成五年度の路線価は一平方メートル当たり一八万二〇〇〇円、平成六年度のそれは一七万円であること(〔証拠略〕)、被告が本件土地周辺において行った合意解約による離作の実態調査によれば、昭和六〇年から平成六年五月までの離作の総件数は二〇九件であり、うち二〇〇件について離作補償がなされており、さらに土地による離作補償がなされたものが一〇八件、金銭による離作補償がなされたものが八七件、その他五件となっていること(〔証拠略〕)が認められる。以上の補助参加人の耕作状況、本件賃貸借契約の合意解約の際の話合の経緯、周辺土地における合意解約の際の離作補償の状況からすると、農地法二〇条二項二号の判断に当たり離作補償として一定の金銭の支払を考慮することは相当といえる。
次に離作補償の額について検討するに、原告は五〇〇万円あるいは最高裁判所平成二年一二月一八日判決に基づき算定したものとする額の離作補償料を申し出ているところ、後者の額については、本件申請に際して原告の提出した許可申請書(〔証拠略〕)によれば、補助参加人が本件土地から得られる利益として算出した一八六万六六〇〇円をもって離作補償の申出をしたものと認められる。ところで、補助参加人が本件土地から得る米は年一二俵ないし一三俵であり、一俵あたり一万九〇〇〇円とすると年二二万八〇〇〇円ないし二四万七〇〇〇円相当の収穫をあげていることになるが、本件土地の小作料四万二五〇三円ないし肥料等が費用としてかかり右金額そのものが収益とはいえないが、右耕作による収入が一五年で消滅するものではなく、なお相続等により承継されるものであるとすると、原告主張の一八六万六六〇〇円を越える相当の収入が期待されることになる。さらに、補助参加人は、本件土地の耕作権を相続するにあたって相続税二八四万八五〇〇円の負担をし、本件土地の面積からして農業経営に当たって機械類を導入するなどの資本を投下していることは容易に推認することができる。しかも、前記のとおり、本件賃貸借契約の解約の交渉にあたり、本件土地のうち別紙物件目録一記載の土地を補助参加人に交換取得させる旨の提案があったことからすると、本件土地周辺土地の宅地の価格が平成五年度一平方メートルあたり一八万円前後であるとすると、本件土地が宅地として全体の価格四億〇二六六万円のうち一億九五六六万円に相当する土地を離作に際し提供する旨を申し出ていたことになる。これらの事情を総合すると、原告が申し出た前記金額はいずれにしても低廉に過ぎるといわざるを得ない。そうであれば、被告が原告の離作補償の額が低廉すぎるとして農地法二〇条二項二号の要件に当たらないと判断したことに違法はなく、いまだ同号の要件が備わっているということはできない。
三 農地法二〇条二項五号の要件の具備について
まず本件土地及びその周辺土地の状況についてみると、本件土地は市街化区域内にあり、生産緑地の指定を受けていないし(当事者間に争いがない。)周辺には宅地が多く存在するが、他方周辺に生産緑地の指定を受けている土地も農地も存在する(〔証拠略〕)。また本件土地は水質が悪く、よい米が生産されていないものの(〔証拠略〕)、本件土地では前記のとおり年一二俵ないし一三俵(七二〇ないし七八〇キログラム)の米が生産されている。なお大阪府八尾市の平成五年ないし六年における一〇〇〇平方メートル当たりの米の収穫量は、平均すると四一〇キログラムにすぎない(〔証拠略〕)。
次に原告側の事情をみると、原告は平成五年九月当時六八歳の独身女性であり、障害者の長男、長女を養っている。原告は原告の年金や長男及び長女の障害者年金のほか不動産賃貸による収入があるものの、長男の入院費が嵩みその負担が大きくなっている(〔証拠略〕)。しかも原告は、本件土地の小作料を上回る固定資産税の負担を強いられている。
さらに補助参加人の側の事情についてみると、補助参加人はいわゆる兼業農家であり、本件土地から収穫される米は自家で消費し、農業で生計をたててはいない(〔証拠略〕)。補助参加人が耕作している農地は、本件土地だけであるが、本件土地の面積は二二三四七平方メートルあり、大阪府八尾市における農地法三条二項五号に規定する農地面積は二〇〇〇平方メートルであって、しかも大阪府下の総農家数のうち二〇〇〇平方メートル未満の農家がほとんどであることからすると、本件土地はこれらの面積を上回るものである(〔証拠略〕)。そして、補助参加人は、本件土地の耕作権を相続するにあたり、最低二〇年間耕作することを前提とする相続税猶予の制度の適用を受けていること、平成四年以外耕作を継続していること(〔証拠略〕)からして、補助参加人に耕作意欲があることが認められる。なお、〔証拠略〕には補助参加人は耕作意思を有していないと述べた旨の記載があるが、右記載は右事実に照らしにわかに信用し難い。
以上の事実に基づいて検討するに、本件土地周辺の状況からすると宅地化の傾向にあることは否めないものの、周辺になお農地や緑地指定を受けた土地が存在すること、補助参加人に耕作意思が存在し、本件土地の規模の大阪府下の農家の耕作面積の実態に照らし小さくはないものであること、本件土地からの収穫の平均値に近いものであることからすると、賃貸人側の生計に厳しい事情があることを考慮しても、耕作者の意思に反してまで、本件賃貸借契約の解約申入れを許可するほどの正当な事由があるとはいえない。したがって、この点について被告の判断に違法ななく、原告の主張は理由がない。
四 離作料の性質及び位置づけについて
以上説示したところ自ずから明らかと思われるが、念のため付言しておく。
1 原告は離作補償は、農地法二〇条四項の許可の条件において判断されるべきであり、同条二項の要件ではないと主張するが、四項は二項と離れて独自に存在するものではなく、これを離作補償についてみると、離作補償の支払の申出がなされその支払によって許可を相当とする場合には、二項の要件が充足され、同時にその支払を確実にするために、四項でもって許可の条件とされるのである。したがって原告の主張する解釈は採用し得ない。
2 また、原告は、前掲平成二年一二月一八日最高裁判決によれば、離作補償料は農地の賃貸借契約の終了によって賃借人が被る農業経営上の損害を回復し、生計に対する影響を緩和することを目的として支払われるもの(農業経営上の損失の補償)であり、耕作権を消滅させることに対する補償ではないと主張するけれども、右判決は東京都八王子市所在の農地に関するもので、事案を異にする本件には適切でないと解されるから、原告の右主張も採用し得ない。
(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 遠山廣直 植村京子)